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本音が小気味良くて、そして切ない、「きみはだれかのどうでもいい人」(伊藤朱里)

人の思考は一方向ではない。そして、人から放たれる言葉は本音とは限らない。というよりは、同じではないことの方が多いかもしれない。だからこそ、「相手からの優しい言葉を鵜呑みにしたばかりに裏切られる」ということが起きる。

正直で優しい人ほど相手の言うことを疑わず、ほめられれば喜び、叱られれば落ち込む。言葉の裏を読めばほめられても手放しで喜べなかったり、逆に叱られても落ち込まないことも多々あるのだろうが、かといって相手の言葉の裏ばかりを読んでいても疲れるばかりかもしれない。

仕事でもプライベートでも相手の言葉に翻弄されることは良くあることだが、特に叱られたり嫌なことを言われた時には「むやみに引きずらない」ということが大切なのかもしれない。

きみはだれかのどうでもいい人

いつもの書店で平台で乗っていたのが、伊藤朱里さんの 「きみはだれかのどうでもいい人」という一冊。表紙の写真が印象的で、以前から気になっていた一冊だ。働く女性の本音が綴られた連作短編集だが、お仕事小説でありながら言葉について考えさせられる一冊だった。

 物語の舞台は県税事務所。県庁に首席で入った中沢環は、税金滞納者への支払いの催促を仕事とする納税担当に勤務している。以前は彼女の同期がこの担当で働いていたのだが、度重なるストレスで体調を崩し今では同じフロアの総務担当に異動。本庁で出世コースを走っていた中沢環が、同期の代わりに急遽異動させられてきたのだ。非常識な滞納者や覚えの悪いアルバイト須藤深雪などにストレスを感じながらも、出世コースに戻るために最新の注意を払って業務を冷静に淡々と進めていく。しかし、実家に戻り家族と同居することでもストレスが重なり、徐々に冷静さを失っていく。

中沢環と机を並べる田邊陽子は、県税事務所のベテランパートタイマー。独り立ちした娘からの電話を楽しみに、周囲の人間関係からは上手に距離を取りつつも要領の悪いアルバイト須藤深雪の面倒などを見ていた。常に一歩下がった位置で職場の人間関係に対応していたが、娘とのやりとりや職場での事件が彼女の過去の痛い記憶を呼び起こしていく。

そのほか、未納者対応などで体調を崩した染川裕未や総務で主任を務めている堀が、それぞれの立場から事務所での出来事に対応していく。一つの出来事も4人の視点で振り返ってみると、そこにはちょっとしたことが意外にも大きな出来事につながっていたことが徐々にわかってくる。そして、最後にはどの場面でも登場してきた5人目の女性が、実は物語全体に大きく関わっていたことを知らされるのだった。

4つの物語は、それぞれの主人公の心の中で叫ばれる本音がテンポよく書かれていて、なるほど面白いもんだなと思いながら読み進めていた。しかし、物語が進むうちに一人の女性がその中で静かに翻弄されていく姿が垣間見えてきて、さらに一人ひとりの女性にもそのバックボーンに苦しくて切ないものがあることがわかってくる。

物事は多面性があるので一つの方向からだけみると間違った判断をしがちだが、この物語はまさにそのことを中心に展開していく一冊だった。読んでいる最中は登場人物の本音が小気味良くて、読み進めていくうちに色々と考えさせられて、読み終える頃いさじはちょっと切ない気持ちになる。そんな一冊だ。 

きみはだれかのどうでもいい人

きみはだれかのどうでもいい人