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心震える一冊「刑事何森 孤高の相貌」(丸山正樹)

小説やアニメ、映画の世界では「スピンオフ作品」という呼び名のものある。本来の作品から派生した新たな作品のことをこう読んでいて、脇役だった登場人物が主役になってあらたな作品として登場することもスピンオフ作品の一つだ。

例えば、アニメ映画「マダガスカル」に登場していたペンギンたちがアニメ「ザ・ペンギンズ from マダガスカル」として登場したり、同じく映画の「怪盗グルーシリーズ」の脇役だったミニオン達が「ミニオンズ」として大人気になったりするというパターンだ。ミニオンズに至っては、グッズ類の販売も含めて元々の怪盗グルーシリーズをしのぐ大人気になっているのは、皆さんも良くご存知のことだろう。

このように、人気シリーズでおなじみだった人物が、新たに主人公として作品に登場すると、シリーズを読み込んできたファンにとっても人気シリーズの裏側をみるようなワクワク感を覚えて楽しい。「シリーズのあの場面の同じタイミングで、こういったことがあったのか」と思ったり、「この人にはこういうバックボーンがあったんだな」と感心したりするという具合だ。

そのシリーズを好きだからこそスピンオフ作品も迷わず手に取って読むだが、シリーズが好きだからこそスピン作品に対しては「面白いはず」という先入観で臨んでいくことが多い。それゆえに、初見の読者に比べて主人公に対する自分なりの人物像のようなものがあるので、そこに読者と作者との真剣勝負のような快い緊張感があるというのは言い過ぎだろうか。少なくとも私は、大好きなシリーズのスピンオフ作品には、他の作品に比べて期待とともに若干厳しい目で読み進めていると言う自覚がある。

刑事何森 孤高の相貌

 丸山正樹さんが書かれた「 刑事何森 孤高の相貌」は、手話通訳士が主人公となった「デフ・ヴォイスシリーズ」のスピンオフ作品だ。手話を勉強している私にとっては、とても参考になりとても胸に響くシリーズだけに、そこに登場していた何森(いずもり)刑事が主人公の新シリーズをワクワクしながら読み進めていった。新しいシリーズは短編集だが、期待していた以上に胸に響いた一冊だった。

主人公の何森(いずもり)は、警察内の慣例に従わない昔気質の刑事だ。仕事一筋でありながら協調性がないため、昇格試験の学科には合格しても面接で落とされ、上司から疎ましく思われながら県内の警察署を転々としていた。

そんな一匹狼の何森だが、久喜署の刑事課強行犯係に所属していたある日、車椅子生活をしている娘とその母親宅での不可解な殺人事件にぶつかった。障害のある娘と二人暮らしをしていた母親が、二階の部屋で侵入してきたとおぼしき何者かに殺害されたという事件だ。娘は母親の悲鳴を聞いてすぐにケースワーカーを呼び、現場を確認したケースワーカーが警察に通報したと言うのだが、何森は現場を見て奇妙な違和感を感じた。(第一話:二階の死体)

強行犯係から盗難犯係に異動した何森は、強行犯係が追っていた強盗事件の被疑者の名前を聞き、以前自分が携わった事件の被疑者と同一人物だということを知る。以前の事件では取り調べの際に捜査員の言うがままに供述を行い、あやうく誤認逮捕されるところだったことを何森は思い出す。今回の事件でも同様のことがあるのではないかと危惧した何森は、同僚に頼んで情報を収集してみるのだが、徐々に被疑者の特異な性格が判明してくる。(第二話:灰色ではなく)

7年前の銀行強盗事件で逮捕された犯人は、車で逃走中にガードレールに衝突し、頭を強く打って記憶喪失になっていた。盗まれたはずの現金は車の中になく、共犯者も捕まらなかったため現金の行方がしれず、犯人の記憶も戻らないまま有罪判決を受けた。7年が過ぎて仮出所した通称「ロク」は、記憶が戻らないまま更生保護施設に入所することになる。共犯者が未だ捕まらず現金の行方もわからないため、行動確認のため「ロク」に監視をつけることなった。しかし、事件を扱う飯能暑の刑事課強行犯係に人的な余裕がなかったため、記録係に異動してきていた何森が応援として「ロク」の監視に当たることになる。何森は県警の捜査一課に勤務していた際に、「ロク」の事件に携わっていたのだ。実際に「ロク」の監視を始めた何森は、徐々に彼の周囲に漂う違和感を感じるようになり、調べていくうちに意外な事実に直面することになる。(第三話:ロスト)

 短編集三部作という構成なのだが、三話目の「ロスト」が本書の半分以上を占めている。それだけ作者の丸山正樹さんが力を込めた作品だと思うし、実際にストーリー展開や謎を解く伏線の数々、そして読み終えたときの心に染みる感動は他の二作品に比べてひとしおだった。犯罪を犯すことはもちろん悪いことだが、そこに至るまでの人の心の痛みや苦しみ、哀しさなどを感じるとともに、人の「愛情」というものの深さを感じさせれてくる内容だったからだ。

もちろん、第一話目と第二話目も現代の世の中が抱える課題を浮き彫りにして、その是非を読者に問いかけてくる物語だ。また、一話目はミステリー要素も含まれているものの、二話目は最近起きた実際の事件を思い起こさせられるような問題的を感じるなど、一冊の中にさまざまな要素が込められているなと感じた。

「デフ・ヴォイスシリーズ」も「漂う子」も心に響く物語だったが、今回の一冊は心が震える一冊だった。今までの作品以上に評判になり、映画化されるなどの大ヒットを期待したい内容だ。

刑事何森 孤高の相貌

刑事何森 孤高の相貌

  • 作者:丸山 正樹
  • 発売日: 2020/09/24
  • メディア: 単行本