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「むらさきのスカートの女」(今村夏子)

お題「#おうち時間

外出自粛要請を守ることによって、例年のゴールデンウィークと違い本を読む時間がぐっと増えた。本好きな私にとっては、堂々と本に向き合えるのが嬉しい限りだ。もちろん、自室の片付けや以前から妻に頼まれていたちょっとした修理などを率先して片付けて、休憩がてら本でも読もうかという雰囲気を醸し出す必要があるのは当然のことだろう。

読書だけでは運動不足になってしまうので、昨年秋から始めたジョギングもゴールデンウィーク中に何回か楽しんだ。幸い、私が住んでいる地域はランナーで混雑することもなく、小川沿いに作られた遊歩道を走っていてもランナーや歩行者に会う確率も少ない。

先日は大きな運動場のある公園の周回路をトコトコと1時間ほど走ったが、木陰の涼しい場所を選んで読書をしている人を何人か見かけた。それぞれ木陰のベンチであったり、周回路の途中にある四阿(あずまや)であったりと、思い思いの場所で飲み物を片手にのんびりと読書を楽しんでいた。

何気ない日常の風景なのだが、読書をしている人たちにもそれぞれの日常生活があって、その横をトコトコと走っていく私にも日常生活がある。新型コロナの影響で「新しい生活様式への変更」が呼び掛けられているが、その瞬間だけを切り取れば今までの日常生活と変わらない部分もあるんだなと思い、少しだけホッとした。 

在宅勤務や外出自粛が続くと考え方にも閉塞感が漂ってくるが、物は考えようだということを再認識した公園での風景だった。 

【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女

今村夏子さんの芥川賞受賞作「むらさきのスカートの女」。本作は、一風変わった「むらさきのスカートの女」が公園のベンチで”指定席”に座ってクリームパンを食べるという日常風景から始まる。

どこの街にでもあるような普通の公園に普通のベンチ。そこに現れる30才前後のむらさきのスカートを履いた女性。その女性を観察する一人の女性による、一人称での語りで物語は進んでいく。

むらさきのスカートの女はいつも同じ公園の同じベンチに座り、いつも同じクリームパンを食べている。仕事はしているのかしていないのか分からないが、ボンヤリとしているようで何かを考えているようで、とにかく掴みどころがない。商店街をふらふらと歩く彼女は、誰かにぶつかりそうでぶつからないフワリフワリとした歩き方で人を避けていく。

そんな彼女と友達になりたいと考えた『私』は、自分が働く職場に応募するよう求人広告の本を彼女が手にとるように仕向ける。紆余曲折があったものの、何とか自分の職場に迎えることに成功した『私』は、彼女に話しかけるタイミングを図るがなかなかうまくいかない。そんな『私』の困惑と苦悩をよそに、彼女は職場でメキメキと頭角を表していく。

最初の頃こそ存在感が薄くて周囲からも心配されていた彼女だが、日を追うごとに以前の彼女からは考えられないほど積極的な行動をとるようになり、やがて職場で問題を起こしてしまう。そんな彼女を『私』は助けようとするのだが、、、

むらさきのスカートの女を観察し追いかける『私』は、彼女を「普通ではない何者か」として観察しているのだが、読み進めていくうちに観察している『私』自身が実は「普通ではない何者か」なのではないかと思えてくる。彼女を追いかけている『私』の行動に、どこか狂気めいたものを感じてくるからだ。

読み進めていくうちに日常の中に隠れた非日常を感じさせられる物語だったし、むらさきのスカートの女が変貌していく様子についつい引き込まれてしまった。そして、エンディングの部分では日常と非日常とが実はすぐ隣り合わせにあるんだなという、当たり前といえば当たり前のことを改めて教えられたような気がした。

この本を勧めてくれたのは私が「読書友達」と思っている方なのだが、その方と私との読後の感想はほぼ180度逆だったのも興味深い。もともと物語というものは読む人の数だけ感想があるものだが、この物語はその感想の方向性が非常に大きく分かれるのではないかと思う。そういうことも含めて、この一冊は傑作なのだろうと感じた。

【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女

【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女

  • 作者:今村夏子
  • 発売日: 2019/06/07
  • メディア: 単行本