旅先での楽しい思い出や場所の記憶は、その土地で食べた美味しいものの記憶とともに呼び覚まされる。そんな話を聞いたのはだいぶ以前のことだが、確かにそうだなと思うことが多々ある。
登山の時に山頂で食べたインスタントラーメンが美味しかったことや、旅先で入った地元の食堂で思いがけず美味しい定食を食べたことなど、旅と食事は案外強く結び付いているものだ。
もしかしたら「食べる」という生きていく上で不可欠な行動が「場所」という情報をしっかりと捕まえていて、万が一飢餓状態になったときにときに「あそこに行けば食事が食べられる」と本能的にマッピングしているのかもしれない。
だからこそ、旅をした人の土産話には「名所・旧跡」と並んで「地元料理」の話が、必ずと言って良いほど出てくるのではないだろうか。
鮮やかな表紙が目をひくのが、近藤史恵さんの書かれた「ときどき旅に出るカフェ (双葉文庫)」。書店の平台でひときわ目立つ一冊だが、表紙が綺麗なだけではなく内容もふわっと暖かい素敵な連作短編集だ。
奈良瑛子は30代の独身OL。独り暮らしをしている彼女は、お気に入りのソファーでゆっくりとくつろぐのが大切な息抜きの時間だった。
ある休日の午後、気分転換を兼ねて自転車で買い物に出た彼女は、近所に思いがけず素敵なカフェ「カフェ・ルーズ」を見つける。驚いたことに、カフェのオーナーは瑛子の勤める会社で以前働いていた葛井円だった。
円の営むカフェ・ルーズは、様々な国の料理やお菓子を食べさせてくれるお店で、居ながらにして旅することを感じさせてくれる素敵な空間だった。出てくるメニューは、苺のスープ、ロシア風チーズケーキ、アルムドゥドラーなどなど、どれも初めて見るものばかりで瑛子を楽しませてくれる。
単調だった毎日の生活のなかに、カフェ・ルーズは新鮮な変化をもたらしてくれるが、休日に仕事帰りにと足しげく通ううちに、瑛子は会社や近所でのちょっとした事件の解決に向けたヒントをもらうようになる。そんなときには、必ずと言っていいほど、カフェ・ルーズで出される外国のメニューが関係してくるのだった。
読み始めたときには、カフェを中心とした日常の出来事が綴られた物語なのかと思っていたか、読み進めるうちにちょっとしたミステリー仕立ての短編集なのだと気付いた。ほんのちょっとしたミステリーなのだが、自分にも起きそうな身近な出来事や事件なので余計に引き付けられる。
また、物語に登場する料理やお菓子がとにかく魅力的だ。甘党の私にとっては目の毒ならぬ文字の毒なのだが、特に表紙にもなっている「苺のスープ」には興味津々だ。「ときどき旅に出るカフェ」は、各国の料理店に出かけたくなる一冊でもあった。