世の中にはたくさんの書籍が発売されていて、まさに星の数ほど出版されている。既に絶版となっている書籍を除いてもその数は膨大で、一生のうちに読むことのできる数はほんの一部なんだなと改めてそう思う。
私は読書好きで、テレビを見ている時間より本や雑誌などの活字を目で追っている時間の方がはるかに多いのだが、それでも手に取ることのない本は数えきれないあるということが残念だ。たからこそ、良書に出会うために新聞の書評は毎週欠かさず目を通すし、気になった本は迷わず購入に読むようにしている。
本を選ぶのには新聞の書評を読む他に、書店の平台や企画棚も定期的にチェックしている。また、物語やエッセイの中で紹介された書籍も気になれば読んでいるが、いずれにしても良書との出会いは突然で偶然によるところが大きいので、なかなか気が抜けない。
盛岡市在住のくどうれいんさんが書かれた「わたしを空腹にしないほうがいい」は、盛岡市の独立系書店BOOKNEADが独自に出版した書籍。同店を営まれている早坂大輔さんが、ご自身の著書「ぼくにはこれしかなかった。」の中でも絶賛し紹介されている一冊だ。
この一冊には歌人のくどうれいんさんが大学生の頃に綴った一ヶ月間の随筆と、その一年後の社会に出てからの随筆、さらにゆかりのある人との対談などがまとめられている。そこには、食に対するくどうれいんさんの愛情と周囲の人々に対する感謝の気持ち、日々の暮らしの中で感じる何気ない幸福感などが、繊細かつ美しい言葉と文体とで綴られている。
これは現代版『ことばの食卓』否『手塩にかけたわたしの料理』か?いいえ、彼女は"くどうれいん"。 モリオカが生んだアンファン・テリブルが書き散らしたことばと食物の記録。 はじまりはこうだ。 "わたしを空腹にしないほうがいい。もういい大人なのにお腹がすくとあからさまにむっとして怒り出したり、突然悲しくなってめそめそしたりしてしまう。昼食に訪れたお店が混んでいると友人が『まずい。鬼が来るぞ』とわたしの顔色を窺ってはらはらしているので、鬼じゃない!と叱る。ほら、もうこうしてすでに怒っている。さらに、お腹がすくとわたしのお腹は強い雷のように鳴ってしまう。しかもときどきは人の言葉のような音で。この間は『東急ハンズ』って言ったんですよ、ほんとうです、信じて” 2016年6月の初夏、そして一年後の2017年6月の心象風景。歌人くどうれいんが綴る、食べることと生きることの記録。
何気ない言葉の中に優しさや切なさや哀しさなど様々な感情が織り込まれていて、読み進めて行けば行くほど心の中に暖かいものがじわっと広がっていく。個人的には、冷蔵庫の大きさを通じて父親の愛情を感じたことや、お母さんが作ってくれる食事に対する感謝などの話が胸に染みてほーっとため息が出た。
これほど「言葉」を丁寧に綴った本は読んだことがなくて、こうやって私の拙い文章でご紹介するのが恥ずかしくなるほどだ。心地良い音楽を聞くような感覚で読める一冊であり、いつも持ち歩いて時々読み返したくなる一冊。素敵な本に出会えた幸運に感謝している。