秋の夜長は季節的に過ぎてしまったが、秋から冬にかけては読書に適した季節だ。寒さにまだ体が慣れておらず、部屋でぬくぬくしながら過ごす休日にはじっくりと読むことのできる本が一冊あると良い。そんな「じっくりと一気に読める一冊」をご紹介したい。
主人公に共感を覚えてついつい頷いてしまう一冊
じっくりと一気読みしていただきたいのが、伊坂幸太郎さんが書かれた「AX (アックス)」という一冊だ。"アックス"とは日本語で"斧(おの)"のことだが、物語を読み進めて行くとそれが「カマキリの斧」のことだというのが分かってくる。
伊坂幸太郎さんが書かれる主人公は、一風変わったところがある。変わったところがあるのだが、心根が優しいという点は共通しているのではないだろうか。
主人公の通称「兜」は、心根が優しいのだが殺し屋。文房具メーカーの目立たない営業担当でありながら、殺し屋としては一流の男だ。凄腕の殺し屋なのだが、家族想いで恐妻家という相反する顔をあわせ持っているのが面白い。
そんな一流の殺し屋である主人公「兜」も、現在高校生の一人息子である克巳が生まれた頃から殺し屋からの引退を考え始める。しかし、殺しの窓口となっている医師は辞めることを許さず、次々と新たな依頼を兜に繋いでくる。
殺し屋を辞めたいと思うようになってからというもの、嫌々ながら依頼をこなしていくが、意外な人物から命を狙われてしまう。さらに、次々とくる依頼の中で兜自身に災いが降りかかることも多くなり、徐々に警戒感を高めていく。
"アックス"は"蟷螂(かまきり)の斧"のこと。蟷螂の斧とは、力のない者が自分の実力もかえりみずに強い者に立ち向かうことのたとえだが、それでも一撃を加えることができる。そんなことも教えてくれる、読み応えのある連作短編だ。
主人公の性格にかいま見えるもの
この物語では主人公がかなりの恐妻家だという設定だが、それが物語の中でいろいろな意味を持ってくる。まずは読者が主人公に共感を覚えるという効果があるのだが、それが後半では主人公の性格に関して違和感を覚えるようになってくるのだ。
恐妻家だという視点で見ると、奥さんに気を使いながも愛情を持って接し、怖がっているのではなく大切にしていることの延長線だという捉え方ができる。一人息子に対しても同様で、気遣いながらも一人の人間として接していることが窺える。
大なり小なり私も同じようなものなので、なるほどそうだよなと思いながら共感を覚えていた。しかし、読み進めて行くうちに徐々に主人公に対するある種の違和感を感じるようになった。それは、普通の感覚が主人公にはなく、感情ではなく頭で考えて動いている様子が感じ取れるからだ。
人を殺すにも抵抗感が少なく、妻との会話でも理屈でこういうことなんだろうなと推測して動く。物語を読み込んでいくと、そこには主人公の「感情」が希薄だということに気づくのだ。その感情の希薄さは主人公が持って生れた先天的なものであり、努力をしても治るものではない。しかし、妻との出会いや家族との生活によって、そこに少しずつ変化が生まれてきている。
そう考えて物語を振り返ると、主人公のサイコパス的な一面が見えつつも、それが人間らしくなってくる部分にホッとしたりもする。
そんな読み方もできる一冊だ。