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「握る男」(原 宏一)/”食”と”策略”でのし上がっていく男の物語

 企業や業界を舞台として経済現象や経済事件を題材とした小説を「経済小説」と呼ぶようだが、山崎豊子さんや高杉良さん、真山仁さんや池井戸淳さんなど、いろいろな方がいろいろな企業や業界を舞台とした小説を世の中に出されている。

 経済小説の面白さは、フィクションにしろノンフィクションにしろさまざまな人間模様も織り込まれているところだとが、意外な人が意外な観点から書かれた小説に出会った。

はじまりは下町の寿司屋だった

握る男 (角川文庫)

  原宏一さんの書かれた「握る男 (角川文庫)」は、東京下町の両国にある寿司屋から始まる物語だ。これを「経済小説」とは呼ばないと思うが、日本経済を「食」から牛耳っていく男の物語がとても面白い。

 主人公は、住居付き賄い付きという言葉に惹かれて寿司屋に勤め始めた金森。寿司職人になりたくて入ったわけではないが、それでも徐々に寿司を握ることに打ち込み始める。金森の後輩として入ったのが、ゲソというあだ名をつけられた徳武。小柄で調子の良い性格ながら、寿司を握る腕前と秀でた接客力で兄弟子たちをあっという間に追い抜いてしまう。

 それだけではなく、ゲソは大相撲の人気力士や新聞記者、築地の卸売業者などと徐々に親交を深めて濃厚な人脈を築いていく。ゲソの目的は単なる寿司職人になることではなく、「食」を通じて日本の中枢を握っていくことだった。

 金森に対して露骨ないじめをおこなう兄弟子を追い払い、人気力士の信頼を勝ち得ていくゲソは、相手の弱みを掴んで人を操るというダーティーな部分を持ち合わせていた。言いなりになりながらも徐々にゲソの信奉者となっていく金森。ゲソはどこまで上り詰めれば気が済むのかわからないほど、貪欲に人脈と権力を自分のものにしていく。

 しかし、その先に待っていたのは金森たちが描いていたものとは大きく違う未来だった。

握る男 (角川文庫)

握る男 (角川文庫)

 

従来の作品とは一味違った読み応え

 原宏一さんと言えば「佳代のキッチン 」や「ヤッさん」など、食を題材とした小説をいくつも書かれている作家さんだ。ほんわかとした内容にピリッとスパイスの効いた物語が多く、読後に温かいものを感じる物語が多い。

 また、「天下り酒場 」や「極楽カンパニー」など、サラリーマンの悲哀を題材としたペーソスあふれる物語も書かれている。食を題材とした物語と同じく、フワッとした雰囲気の物語が多いので心穏やかに読み進めていけるのも楽しみの一つだ。

 ところが、今回ご紹介した「握る男」は今までの作品とはガラッと違う雰囲気の物語で、ダーティーなやり取りや店を繁盛させるための様々な謀略など、経済小説を思わせるような内容が続く。

 人の弱さや哀しさを捉えている点については従来の作品と通じるものがあるが、全体的な雰囲気としてはこれでもかというほど立身出世の謀略が続いていく。これはこれで非常に引き込まれる内容で面白い。

 原宏一さんの書かれる小説は以前から大好きだったが、今後こういった雰囲気の物語が登場するかもしれないと思うと期待は膨らむばかりだ。