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何歳(いくつ)になっても「心の学び」をやめてはいけない(「日本講演新聞」を読んで)

子どもの頃から勉強嫌いだったが、社会人になり年齢を重ねるとともに「学ぶ」ということが楽しくなった。それは、頑張って覚えなければならない「勉強」ではなく、興味があって自ら取り組む「学び」だからだと思う。仕事関連で資格取得にチャレンジしたり、自分の興味のあるセミナーに出たりといろいろと学んできたが、ただ単に「学ぶ」のではなく、学ぶことで心を育てる「心の学び」が大切だということをつい最近知った。

社説に書かれた「人間の分際」

「日本講演新聞」9月7日2850号に書かれていたのが、「畏れを抱く。人間の分際だから」という社説だ。魂の編集長水谷もりひとさんが書かれた社説で、「昨今は『女の分際で…』という言葉を吐く男はすっかり居なくなった」という話から始まる。

そして、とあるビジネス系セミナーで「男の分際で…」という話を男性講師が始めた話や、作家の曽根綾子さんが書かれた『人間の分際』(幻冬舎新書)に関する話に移り、人間は人間を超えた何者かに畏れを抱かなくなったことに対する懸念に関しての話が続いていく。今回もとても素晴らしい内容で、いろいろな箇所を蛍光ペンでマークして何回も読み直した。

その中で私の心に残った一文が、一人の男が大木を伐っていた時の話だ。朝から必死でのこぎりを引いていた男に通りがかりの老人が「のこぎりを使うためには刃を研いだ方が良い」と声をかける。男は「刃を研いでいる暇もないほど忙しい」と答えるのだが、この話の結末も含めて社説をぜひ読んで欲しい。この話が紹介された先には「人は身の程を知り、心の学びを深めて人間性を高めることで、努力を助けてくれる『運』が高まる」ということが書かれているからだ。

学び続けることの大切さ

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社説で語られていて私の心に残った「心の学びを深める」という一言は、単に語学や知識や技術を身に着けるということではなく、そこから他者や色々なものに感謝する心を育てることが大切だという意味だろう。

私は縁があって6〜7年前から手話を学んでいるが、地域主催の手話講座では単に手話を教えるだけではなく、聾者が歴史的にどのような不遇な目に遭ったのか、今でもどのような差別を受けているのかということなども含めて学んでいく。そうすることで、単に言語として手話を学ぶのではなく、手話を通じて相手を思いやり、周囲や社会のことを考える「心の学び」が出来てくるのだと思う。 

最近、転勤などで手話を使う機会がグッと減ってしまい、手話自体もかなり錆び付いて来たように感じている。日本講演新聞の社説を読んで、年齢が高くなったり環境が変わったりしたことで学ぶことをやめてしまっては「心の学び」までやめてしまうことになるんだなと反省した。今一度、腰を据えて手話とその周辺にある物事を学び直してみたいと思う。今回の社説からは、そんな気付きもいただいた。

素敵な新聞はこちら

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冒頭でご紹介した「日本講演新聞」は、私が15年ほど前から購読している心温まる小さな新聞だ。各地で行われる講演の内容を主に掲載している新聞で、以前は「みやざき中央新聞」という名前だったのでそちらの方をご存知の方もいらっしゃるかもしれない。

特徴的なのは「良い話だけが掲載されている」という点。事件や事故などの情報は一切無く、読んでホッとするような話が中心となって構成されている見開き4ページの新聞だ。先が見えにくく嫌な事件や事故の多い昨今だが、だからこそこういった「良い話を知ることのできる媒体」は貴重だと思う。