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「デフ・ヴォイス」(丸山正樹)/手話を使える人も使えない人も楽しめる社会派ミステリー

お題「秋の夜長に読みたい本」

 手話を学び始める以前は、「聴こえない人」を意識することが少なく「手話は音声言語の代わり」となんとなく思っていたような気がする。しかし、手話を学び始めてからは聴こえない人とのコミュニケーションを意識するようになり、手話が独立した言語であり文化なんだということに気づかされた。

 そうやって世の中を見回してみると、今まで見ていた風景が少しずつ変化し始めてきて、人と人とのコミュニケーションの在り方を考えるようにもなってきた。手話であろうと音声言語であろうと、相手と意思疎通をしたいと思わない限りコミュニケーションは生まれないのだと思う。

手話を通じて社会の在り方をも考えさせられる一冊 

デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (文春文庫)

 手話仲間に紹介された読んだのが、丸山正樹さんの「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (文春文庫)」という一冊。手話での会話がふんだんに出てくるこの物語は、手話を学んでいる人には手話通訳士の働きぶりが興味深いと思うし、手話がわからない人でも”ろう者”の置かれている現状がわかる興味深い一冊だ。

 警察関係の仕事についていた主人公の荒井は、自らの正義感が仇となって職場を追われ、さらに結婚にも失敗するという過去を持つ中年男だ。生活するために働き口を探す荒井は、本人的には不本意ながらも手話通訳士の資格を取得し、瞬く間に人気のある手話通訳士として活動するようになる。

 荒井は自らの生い立ちから自然と手話が身についたのだが、そのことで16年前にろう者が起こした殺人事件に関わることになり、苦い経験をしていた。しかし、再び16年前の殺人事件と関連した新たな殺人事件が発生し、意図せず新たな殺人事件の謎に立ち向かっていくことになってしまう。

 はたして16年前の殺人事件は自首したろう者が本当の犯人だったのか、新たな達人事件との関連はなにかあるのか。そして、16年前から荒井の中に残っていた苦悩を解決する術があるのか。事件の真相を追う荒井の前に、事件の真相を阻もうととする見えない壁が立ちはだかってくるが、徐々に真相に近づいていく荒井の前に意外な事実と16年前の事件の謎が明らかになってくる。

 手話の勉強をしている者にとっては、手話を流暢に使う手話通訳士は一種憧れの存在だ。しかし、この物語を読み進めるうちに、単に「手話が上手だ」というだけではろ本当の意味でのコミュニケーションはできないということを感じることになる。

 この物語を読み進めていくうちに、警察での取り調べや法廷での裁判などにおいて、手話通訳士が重要な役割を担っていることが徐々にわかってくる。だからといって、単にろう者の置かれている立場や社会的な課題に深く触れるのではなく、「聴こえない」ということが事件にどのように関連してくるのかなど、様々な伏線が随所に張り巡らされていて面白い。

 福祉関連施設の持つ課題や社会を支えるNPOの活動、手話通訳士の置かれている現状などを的確に押さえつつ、親子の愛情や人と人との絆をも描く本格的な社会派ミステリー作品だ。

 読後は心の中に温かいものが流れてきて、秋の夜長に一気読みするには最適のこの一冊。文庫化されて書店の平台に並んでいることが多いので、皆さんにもぜひオススメしたい一冊だ。 

デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (文春文庫)

デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (文春文庫)

 

ろう文化や手話にまつわる様々なことを考えさせられた

 今回ご紹介させていただいた一冊は、手話仲間に紹介される以前に弁護士であるゆきさんのブログでその存在を知った。その後、仲間に勧められて読み始めたのだが、ブログでも紹介されていたとおりぐいぐいと引き込まれて一気読みしてしまった。

 特に裁判の中で通訳を行う場面では、弁護士ゆきさんのブログでも書かれているとおり「黙秘権」という概念を伝えることが難しいのだということや、ろう者が手話を必ずしも使えるわけではないということなどを再認識させてくれる一冊だった。

 この物語のタイトルとなっている「デフ(deaf)」という言葉は「ろう者」を示す英語だが、英語圏では最初の一文字を大文字で表記することによって「Deaf=手話を母語とするろう者」を指す言葉として使われている。単に手話を使うかどうかではなく、ろう文化というものの存在がしっかりと描かれているという点でも興味深い。

 また、主人公は「両親がろう者で本人が聴者」の「コーダ(Coda,Children of Deaf Adults)」という設定だが、音声言語を習得する前に手話を習得することや親との文化の差に悩む子どもの心の動きなども丁寧に綴られている。

 手話を学ぶ身としては、手話に興味がある人にも興味がない人にもぜひ読んでいただきたい一冊だなと思う。

〔追記〕

 ろうの知人と手話通訳士の知人にこの本をオススメした。二人ともぜひ読みたいと興味を持ってくれたのが嬉しい。実際に手話を母語としている人、手話を使ってコミュニケーションに貢献している人にこそ読んで欲しい。