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「火星に住むつもりかい?」(伊坂幸太郎)、近未来を見るような怖さを覚える一冊

子どもの頃は夢のようなことばかり考えていた。宇宙人が攻めてきたらどうしようと怯えたり、超能力で物を持ち上げてみようと念力を送る練習をしてみたりといった具合だ。私が特に夢見がちな子どもだった訳ではなく、大なり小なりそういうことを皆が経験しているのではないだろうか。

私が幼少期から少年時代を過ごした1960年代後半から70年代にかけては、アメリカのアポロ計画で人類が月面に立ったり、ユリゲラーが超能力ブームを起こしたりと、好景気も含めて世の中全体がグングンと発展していた時期だった。その頃テレビや雑誌に登場していた近未来は、タイヤのない車が透明チューブの中を走り、ロボットが家庭内で活躍する風景だった。一方でアメリカとソビエトの冷戦による核戦争の危機が叫ばれたり、ノストラダムスの大予言が誠しなやかに流布されたりと、心落ち着かない情報が飛び交っている時期でもあった。

そういう意味では、当時の子どもたちが頭の中に描いていた近未来は、明るく輝かしいものと深刻で陰鬱なものの双方が、微妙に入り混じっていたのかもしれない。

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先日、書店の平台にずらっと並んでいたのが、伊坂幸太郎さんの書かれた 「火星に住むつもりかい? (光文社文庫)」という物語だ。風力発電の風車がアップになった表紙を見た時には、タイトルも含めて宇宙開発の物語なのかと思った。しかし、読み始めてすぐに背筋がゾクッとするような怖さを覚えた。この物語は、すぐにでも起こりうる近未来の物語だったのだ。

物語の舞台は仙台。世の中の安全と平和を守るために、日本では各地を「安全地区」として順番に指定し平和警察が取り締まるようになっていた。しかし、それは中世のヨーロッパで行われていた”魔女狩り”と同じようなものだった。

密告などによって危険人物としてマークされた人物は、平和警察によって罪を認めるまで過酷な取り調べを受けることになる。実際に危険思想を持っているかどうか、犯罪を起こす準備をしていたかどうかは関係がなく、とにかくマークされただけで過酷な取り調べで命を落とすか、嘘の自供をして犯人扱いをされてギロチンで公開処刑されるかのどちらかだった。

周囲の人を信じることができなくなった不条理な世の中だが、その中で犯人扱いをされた人を救う「正義の味方」が現れた。見たことのない武器を使って悪人を退治し、さらに誤って逮捕された無実の人を救う黒ずくめの人物。その人物の活躍によって徐々に世の中が変わっていこうとするが。

伊坂幸太郎さんの描かれる世界は、奇想天外ながらも「もしかしたらありえる」と感じるような設定が絶妙だ。こうなると嫌だなと思いつつも、そうなってしまうかもしれないと思わされる世界。しかし、そこを打ち破ってくれる正義の味方の登場と、その周辺にある様々な人間模様など物語の中にグイグイと引き込まれてしまうすごさがある。

 読み終わった時に読み終わったことを残念に思ってしまうぐらい面白い内容で、一気読みしてしまった一冊だった。 

火星に住むつもりかい? (光文社文庫)

火星に住むつもりかい? (光文社文庫)