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火焔土器に魅せられる!「新潟県立歴史博物館」の展示が見事だ

 縄文時代の遺跡や土器などが好きで、旅行に出かけたらその土地に縄文遺跡があれば必ず立ち寄るようにしている。また、歴史博物館や民族博物館などに立ち寄るのも好きで、旅行とセットで楽しむことで旅の思い出がより深くなるような気がする。

 先日出かけた新潟でも歴史博物館を覗いてみたが、展示が素晴らしいだけではなく、縄文時代の火焔土器がとても身近に展示されていて魅せられてしまった。

暮らしの様子を伝える展示が見事

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 新潟県長岡市にある「新潟県立歴史博物館」。新潟県の歴史や文化を紹介しているとともに、縄文時代の文化や生活なども紹介しているという博物館だ。

新潟県の歴史・民俗を総合的に紹介する歴史民俗博物館としての性格と、全国的・世界的視点から縄文文化を広く研究・紹介する 縄文博物館としての性格をあわせ持った博物館です。 また、県民の生涯学習の拠点施設として情報や活動の交流に重点を置く情報発信性の高い博物館です。

http://nbz.or.jp/?page_id=4 

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 常設展示場のロビーには巨大なモニターが上部に設置されていて、打楽器系の音楽とともに様々な映像が流されていて独特の雰囲気を醸し出している。

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 常設展示場は新潟県の歩みや雪国独特の暮らしなどが紹介されており、雪下ろしの様子を描いた実物大のパノラマは迫力がある。写真右側の屋根の下は、新潟県の昔の家屋が再現されてり歩いて通れるようになっている。

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 雪下ろしのジオラマ下はこんな感じで、昔の荒物屋さんや駄菓子屋さんが軒を連ねている。ちょっと懐かしい感じの展示だ。

 常設展示は新潟県の旧石器時代・縄文時代・弥生時代・古墳時代の様子から始まり、中世、近世を経て近現代の新潟の様子が丁寧に展示されていてとても見やすい。また、新潟ならではの米作に関する展示もしっかりと行われていて、なかなか見ごたえのある展示内容だった。

縄文時代に関する展示も素晴らしい

 常設展示場は古代から近現代までの展示場を過ぎると、一旦ロビーに出てから再び縄文時代の展示へと入る造りになっている。こういった配置は、展示を見て疲れたところで休憩を入れられるのでの良い。ロビーで休憩してから縄文時代の展示を見ることで、すべての展示をしっかりと集中して見ることができる。

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 縄文時代の暮らしの様子が等身大のジオラマで再現されていて、大人でも子供でも分かりやすく知ることができる。また、何よりも驚いたのが縄文土器の展示だ。見事な火焔土器が壁一面に展示されていて、間近で見ることができるようになっている。

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 火焔土器(かえんどき)は縄文時代中期を代表する土器の一種で、故岡本太郎氏も感激したという燃え上がる炎をモチーフとした土器だ。縄文時代は、今から約1万6,500年前から約3,000年前までを指すが、火焔土器は約4500年前に作られていたと見られる。

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 弥生時代に入ると農作が本格的になって土器も実用的なのっぺりとしたものに変化してくるが、縄文時代の火焔土器が作られていた時代は比較的天候も温暖で、創造性に富んだ生活をしていたのではないだろうか。

 火焔式土器は各地で発掘されているが、日本で一番最初に発掘されたのが新潟県長岡市の馬高遺跡だ。それだけに、長岡市にある県立歴史博物館が火焔土器を非常に丁寧かつふんだんに展示しているというのもうなづける。

 縄文好き、縄文土器好きにとっては思わず見入ってしまうぐらい充実した展示内容の歴史博物館だった。

■新潟県立歴史博物館

住所 新潟県長岡市関原町1丁目字権現堂2247番2
   関越自動車道長岡インターチェンジから車で約5分
観覧料 一般510円、高校・大学生200円 中学生以下 無料

http://nbz.or.jp

縄文時代の子どもの手形を見ることができる

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 展示室の最後の部分に、縄文時代の子どものものとみられる手形や足型があった。子どもが健やかに育つように願って作られたのか、亡くなった子どもを弔うために作られたのかは分からないが、子を想う親の気持ちというのは4000年以上前も現代も変わらないんだなと感じた。

polepole103-photo.hatenablog.com