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「過ぎ去りし王国の城」(宮部みゆき)/紙に描かれた城の中で繰り広げられる不思議な冒険

 「城」という文字を見ると、皆さんはどんなイメージを思い浮かべるだろうか。「城」とだけ書かれていれば天守閣のある日本のお城を思い浮かべるかもしれないし、「中世の城」と書かれていればこれはもう西洋のお城を思い浮かべるだろう。

 「西洋の城」には堅牢なイメージがあるし、入りにくくてどこか謎めいたイメージもある。多分に昔見た映画の影響が大きいのだと思うが、それだけ神秘的なものとして心の中に納まっている。

絵画の世界を行き来して謎をとく物語  

過ぎ去りし王国の城

 宮部みゆきさんの最新作「過ぎ去りし王国の城」を読んだ。宮部みゆきさんは、ファンタジーものから時代もの、サスペンスものなど、様々な分野の小説を書かれる作家さんだ。

 今回読んだこの一冊は「ブレイブ・ストーリー」のようにファンタジックな雰囲気を感じさせながらも、「ソロモンの偽証」のように現代の心の闇をも含んでいるサスペンスの要素も含まれているように感じた。

 主人公の尾垣 真は、高校への推薦入学が早々に決まった中学三年生。推薦入学といっても難しくもなく簡単でもないそこそこの学校を選び、テニス部に所属しているものの存在感の薄い真は、存在感が薄いということに満足しているような生徒だった。

 実家の洋食店を手伝わされていた真は、母親に頼まれて銀行へ振り込みの手続きに行く。混雑したロビーで長時間待たされてた真は、ロビーの一角にある子ども達の絵画展の片隅に、見事な中世のお城が描かれたスケッチを見つける。

 テープで簡単に留められたそのスケッチは簡単に剥がれて床に落ちてしまうが、絵心のない真の心をしっかりと捉えてしまい、無意識のうちに自宅に持ち帰ってしまう。自室でじっくりとスケッチを見入っていた真は、自分自身がその絵の中に入っていけることを突き止める。

 絵心のない真は完璧なアバターを描き込むために、同じクラスで仲間外れにされている絵の上手な珠美と協力してスケッチの中の世界を探索し始める。絵の中には真と珠美だけではなく、漫画家アシスタントのパクさんも探索のために入り込んでいた。

 3人で協力しながらスケッチの世界を探索しているうちに、お城の塔の中に閉じ込められている少女の存在を発見する。少女には意外な過去があり、スケッチの中の世界は10年前に実際に起きた事件と関連していることがわかってくる。

 それぞれの事情を抱えながら、それぞれの考えで少女の救出を考える3人の前には、やがてとんでもない事実とスケッチの中での出来事とがつぎつぎと迫ってくる。

 物語は「西洋の城が描かれたスケッチの中に入り込む」というSF的な要素と、「お城の塔にいる少女とは誰なのか」というサスペンスの要素を含んでいる。しかし、物語の中心は不思議なスケッチの世界ではなく、主人公達が生活している現代に置かれているように感じた。

 中学校という狭い世界で苦悩する少年少女の心の揺らぎや苦しみと、好きな仕事に就きながらも心のどこかで悔やんでいる大人。それぞれがそれぞれの事情を抱えながら、心の拠り所を探すことがこの作品の中心だと感じた。

 グイグイと物語の中に引き込んでいく文章力はさすがに宮部みゆきさんの作品だし、さりげないエピソードの中に散りばめられた現代社会の苦悩のようなものも、随所に見られる作品だと思う。

 内容的には決して爽やかなストーリ展開ではないが、読み終わった時には「季節が冬から春に移ったような温かさ」を心に感じることのできる一冊だった。かなりオススメの一冊だ。 

過ぎ去りし王国の城

過ぎ去りし王国の城

 

表紙を描いたのは女子高生

 この本の表紙は、学校の黒板に描かれたお城の絵。物語に出てくるお城と同じもので、黒板にチョークで描かれた絵にはどことなく不思議な雰囲気が漂っている。

 この絵を描いたのはイラストレーターではなく、当時女子高生だった”れなれな”さん。教室の黒板にチョークで「アナと雪の女王」の絵を描いてTwitterに投稿したところ、それが話題になって朝の報道番組でも取り上げられるようになった方だ。

 「過ぎ去りし王国の城」の表紙を描くきっかけとなったツイートを見ると、これもまたチョークで描いたとは思えない素晴らしい絵だった。ご本人は「がっつりお絵描きしてきあ」と書いているが、お絵描きという言葉が似合わないぐらいの仕上がりだ。

 この絵を描いた”れなれな”さんもすごいし、この絵を見て宮部みゆきさんの新作表紙に採用した出版社もすごい。物語の内容と表紙の雰囲気が実にマッチしていて、独特の世界観をかもしだした一冊になっている。