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空を飛ぶために生まれてきた人々の物語「翼をください」(原田マハ)

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 空を飛ぶというのは人類の長年の夢だった。古くはレオナルド・ダ・ヴィンチが翼を模した設計図を書き、1903年には自転車屋を営んでいたライト兄弟が人類初の有人飛行を成功させた。

 その後、人類は、より高く、より早く、より遠くへ飛ぶことに力を注ぎ、1969年にはアメリカのアポロ計画によって月面着陸を成功させることになる。ライト兄弟の初飛行からわずか66年後の月面着陸。考えてみると、科学はものすごい勢いで進歩してきた。

 どうして人類は空を飛びたがるのだろうか。高いところが大の苦手な私でも山頂から眺める景色は大好きだし、飛行機の離着陸の場面をみると訳も無くワクワクする。空を飛ぶことができず、生き物の中では走るのも決して速くはなく、水の中では自由に動けない。そんな人類だからこそ、自由に空を飛ぶことに強い関心と憧れを持ち続けたのだろう。

 空を飛ぶことに関してはさまざまなドラマが生まれてきたが、残念ながら戦争という悲しい出来事によって飛行技術が進化してきたという歴史もある。より高く、より速く、より遠くへ飛ぶことが、爆撃機や戦闘機の性能として進化してきたことはまぎれもない事実だ。

 しかし、純粋に空を愛する人々によって飛行技術は平和利用される方向でも進歩し、離島や僻地からでも緊急搬送されることによって命が助かるということもできるようになってきている。戦争による技術の進歩は平和利用とは正反対のものではあるが、表裏一体をなしているものであるとも言える。

■飛ぶために生まれてきた人々の物語

翼をください (上) (角川文庫)

 つい最近文庫化されて書店の平台に並べられ始めたのが、原田マハさんの書かれた「翼をください」という物語。上下巻に分かれたこの物語は、伝説のアメリカ合衆国女性パイロットをめぐる物語だ。

 物語の主軸となっているのは、世界一周を果たした日本の民間航空機「ニッポン号」。第二次世界大戦前期に4大陸と2大洋を連続周航したニッポン号の写真を見つけることで、物語は現代から一気に戦前まで飛んでいく。

 ニッポン号の写真にわずかに写っている人物は誰なのか。写っているのに乗組員の人数に入れられていないのはなぜなのか。数十年の時を経て次第に明らかになっていく物語は、空を飛ぶことにすべてをかけた人々の夢と情熱が描かれているとともに、謎解きの要素やアクション的な要素をも含んで進んでいく。

 原田マハさんといえば、働く女性を主人公とした物語を数多く書かれている方だが、主人公や登場人物は常に前向きな姿勢を貫いているというのも特徴だと思う。だからこそ、原田マハさんの書かれた物語を読むと元気が出るし、読後の爽快感が素晴らしいのだと思う。

 今回もまた心の中を爽やかに浄化させてくれる、そんな素敵な物語だった。

翼をください (上) (角川文庫)

翼をください (上) (角川文庫)

 

暁星新聞の記者である青山翔子は、社内の資料室で一枚の写真を見つけた。それは、1939年に世界初の世界一周を成し遂げた「ニッポン号」の写真だった。翔子は当時、暁星新聞社が社運をかけて取り組んでいたプロジェクトにカメラマンとして参加していた男を追って、カンザス州アチソンへと飛ぶ。老人ホームで暮らす山田は、翔子から渡された古い写真を見て、重い口を開いた。そこには、ある米国人女性パイロットの姿が―。

(BOOKSデータベースより)